<試し斬り考察2>

威力のある抜き打ちは、ただ力いっぱい刀を振れば良いのでしょうか?
必死に腕立てをして腕力をつければよいのでしょうか?

 もちろん「いいえ」です。威力を出すには、身体資源や刀を最大限に生かし、大きな
エネルギーを効果的に物打ち(斬る対象の物体)に伝達する必要があります。
合理的に身体を使うことにより、小さな方でも大きな方と同等か、それ以上の威力を
出すことが可能になります。今回はそのことを「物理」の視点から見ていきたいと思います。

抜き打ちの威力向上のために欠かせない3つの要素をまずは取り上げてみました。
前項にも書いた「速さ」・「重さ」・そして少し具体的に「反発に対する力」というものが
必要になります。

刀の速さと重さについて
 刀を速く振るのと遅く振るのでは、当然速く振る方が威力が出ます。速いボールと
遅いボールのどちらが当たったら痛いのかを考えていただければよくわかると思います。
 重い刀と軽い刀では同じ速度で振った場合、当然重い刀の方が威力が出ます。
アルミの玉と鉄の玉では、どちらも堅いが当たったときにいたいのは鉄の玉であることと
同じです。

 そんなわけで、重い刀を速く振れば威力はもちろん一番高くなります。しかし、人間はそ
うはできません。重いものを振れば振る速さは遅くなり、軽いものを振れば振る速さは速く
なります。

では、どうすればいいのでしょう?そこで注目するのが「エネルギー」です。これが大きけれ
ば威力が大きいのです。エネルギーは次の要素からなっています。

「重さ×速さ×速さ」の半分=「エネルギー」

重さの変化より、速さの変化の方がエネルギーには大きく関係してくると言うことです。
つまり威力を上げるためには、なるべく速く振ることが大切です。ただし、軽ければ軽いほど
速くふれるかというとそれは違うので注意が必要です。
900gの刀と300gの刀では300gのほうが確実に速くふれますが、300gと100gの刀ではそん
なに速さは変わらないでしょう。

・体も腕も同様の理論で速く振った方が良いのです。重さは換えにくいですが、重い方が良い
です。しかし重いと当然ながら速く動かしづらくなります。筋肉のかたまりで重くなればその分
パワーも出ますが、脂肪のかたまりで重くなった腕では重いだけで意味がありません。

・関節ですが、ここが一番重要な点です。達人と素人との違いは一番ここに出ます。ものに刀
が当たる瞬間にどれがけ固定できるか。

 例えば抜き打ちでタイヤを叩いた時に各関節をよく動くようにしてやるのと、各関節を十分に
固定してやるのではタイヤに伝わるエネルギーが違います。断然固定した時の方がタイヤは
大きく動きます。

 固定していないと肩の部分から先が、後ろの方にはじかれてしまいます。これはなぜかという
と、作用反作用の力がはたらくためです。作用反作用とは何かを叩いたときには叩いた方も同じ
だけの力を受けるという法則です。

つまり、叩いたタイヤから、逆に力を受けてしまっていて弾かれると言うことです。このときに関節が
固定されていれば、そのまま押し込んでしまえます。ゆえに、関節を刀が切るものに当たった瞬間
に、十分にしまっていることが大切といえます。

シッペやハリセンで叩く時に、しなって通過していくと力が充分に伝わらず、叩かれるほうはそれ
ほど痛くないというわけですね。

締める関節は手首、腕、肩、腰腹部、股関節、膝、足首などほとんど全ての関節が対象になります。
関節は筋肉で締め固めるのですが、当たったときに締めても間に合いません。脳から指令が出て
実際に締まりきるまでには最低でも0.15秒以上かかると言われています。鞘離れの瞬間から締め
始めないと関節が固定されないと言うことになります。

関節を固定できないと巻き藁に弾き返され
刀の軌道が一旦戻って抵抗が少ない方向へ
抜けていきます。
だから皮一枚残るのです。
写真 以前ご宗家が説明されていた「刀の峯部分を
親指の第二関節に当てろ」というのは理にかな
っているのです。
速く振ることに関しては練習しかありません。
ただ、最低限斬れる速さというのがありますの
で、その域までで充分です。
写真 最初から軽い刀を使うのではなく、少し重いかな?
と、感じるぐらいから始めるのが良いと思います。
因みに
鞘引きをより力強く安定して行うために
鯉口に親指をかけて抜く方法があります。
刀身では峯が多少触れますが、抜き出しに
支障はありません。

かの中山博道範士がこのように捌いている
写真があります。故に夢想神伝流の方はこう
抜く人が多いです。

(左側に見えるのは猫の背中&シッポです)